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「ほどほど」の復権 素晴らしすぎるVRがゲーム業界を危機に追い込む? その2
http://dq10ryuta.blog.fc2.com/blog-entry-383.html
1988年2月10日。東京池袋。
この映像から切り出した写真は黎明期(れいめいき)のゲーマーたちの姿を映し出している。
この日は伝説の超人気ソフト「ドラゴンクエスト3」の発売日であった。
ドラクエ3はファミコンという、これまた伝説的な家庭用ゲーム機で発売されている。映像を解析してみると当時のキッズも混じっているが、大体は大人だ。
2017年のいまもファミコンは「ファミコン・ミニ」という形で復刻し、なぜか最新のゲーム機種と同時に人気のため品薄状態が続いているのは不思議な光景といえる。そしてドラゴンクエストも当時の人気を語るうえで取り上げられるのは決まって「ドラクエ3」のこの行列。
これ以後、ゲームの歴史は分断の道を歩むようになる--
テクノロジーの進化がゲーム業界を分断させた。
ぼくはこのように考えています。
逆に言うと、ドラクエ3時代、ファミコン時代のゲーム業界はキッズも大人も、ライト層もヘビィゲーマーも同じゲーム機で、同じヒットゲームを遊んでいた。
「ドラクエ3」というと不朽(ふきゅう)の名作、時代を超えた存在のように言われているけれども、このゲームほど当時のゲーム業界の「一時的な流行」をつかんだソフトはなかったのだと思う。
それなりの難易度、そこそこのボリューム、わかりやすいストーリー、子供向けだけど大人でも恥ずかしくないキャラクターデザイン…
まったく同じことが同時代にブランドを築き上げた「スーパーマリオ」シリーズにもいえたのだと思う。
キーワードは「誰でも」だ。
誰でもクリアできて、誰でも理解できて、誰もが親しめる。この絶妙のバランス、ほどほど感こそが当時のヒット作の条件だった。
その後、この「ドラクエ」「マリオ」の良さである「誰でも」の特性は時代の逆風にさらされていくことになる。
ドラクエの絵本のようにわかりやすく単純な勧善懲悪ストーリーでは物足りない、もっと複雑で読ませるストーリーがゲームに求められるようになった。
ゲーム機の進化はグラフィックを向上させ、ゲーム性よりも映像表現にとことんこだわった路線のゲームも誕生した。
逆に小型化してより持ち運びしやすくなった携帯ゲーム機は公園での子供たちのコミュニケーションツールの役割を担うようになった。
ドラゴンクエストのもつ「誰もが」簡単に「理想の自分」を演じて生きられる良さが活かしづらい時代環境になった。
キッズの世界では「ポケモン」「妖怪ウォッチ」など、より幼稚向けに特化したモンスターデザインのものが席巻するようになる。
一方でゲーマーの世界では、複雑なシステム、難解なストーリー、リアリティを追求した映像など、こちらにおいても「ドラクエでは物足りない」という大人に期待に応えるゲームが時代をリードしていくことになる。
任天堂のゲーム機と紐づけられた「マリオ」シリーズも誰もが楽しめるほどほどのバランスのゲームであることが災いして、ゲーマーの主流からは「わざわざ任天堂のゲーム機を買ってまでやるものではない」とみなされてしまった。
ゲーム業界の分断の象徴は目下のところ、ゲーム機の分断としてあらわれている。
最新作の「ドラクエ11」がキッズ向けの「3DS」とゲーマー向けの「PS4」と、まったく真逆の二つのハード向けに作ら「ざろうえなかった」ことは、このゲーム機分断時代の最後の出来事として、これもまた象徴的であるといえる。
これらの現象はいずれもテクノロジーの進化がもたらしたものだ。
そして2016年に「元年」といわれた「VR」。
この素晴らしい革新的な技術は、ゲーム業界の分断をさらに先へと加速させることになる。
「VR」はおそらくゲームの歴史上、最大の革命になる。ゆえに、その影響も計り知れないものがあると予想される。
いまはまだソフトがVRのもつ可能性に追いついていないようだが…もし、ひとたびVRの魅力を最大限に引き出した本格的な大型タイトルが誕生しヒットをしたら…
これまでのリアリティを追求したゲームの名作たちの多くが一夜にして過去の遺物と化す。
けれども、残念ながらその偉大なゲーム世界の進化に誰もがついていけるわけではない。
その主な理由は
任天堂新型ゲーム機「SWITCH」でドラクエ大ヒットの未来は?
素晴らしすぎるVRがゲーム業界を危機に追い込む? その1
などの過去記事で書いてきたつもりだけど、一言で言い表すならば世の中の大多数の人はリアルを捨てられないということだ。

20 :

なげーよカス

21 :

長い

48 :

「」でくくって強調してる部分で誤字ってるの気になるわ(´・ω・`)